茂木健一郎 クオリア日記



2005年4月6日 『新しい人間観の研究』の会

ケンブリッジの恩師Horace Barlowが、
大切なことをあまり言わなかったのはなぜだろう。
およそ思想や哲学に類することはあまり口にしない。
科学とはなんぞや、などということはおよそ言わない。
ただ黙々と現実的な行為やアレンジメントをする。
こいつに会え、この会議に行け、
などとサジェストする。
ディナーをアレンジする。
気がつけば、その現実的な行為やアレンジメントを
結ぶ線上に、言わずとも思想が浮かび上がってくる。


あの叡智は何なのだろう、と思いながら、
いつのまにかそのような人生の処し方に
親近感を持ち始めている自分に気がつく。


がたがた言うんじゃない、ただ、
黙ってやればいいんだよ。
ただし、考えないで手だけ動かせとかいう、
日本の研究者にときどきいる気持ち悪い
やつらのことを言っているんじゃないぞ。


最高の教養を身につけ、もっとも深い思想を抱け。
ただし、作品として世に問う時以外は、
黙って日々の行為をせよ。
その行為の包絡線上に、その叡智がシミジミと
にじみ出てくるようにせよ。


そして、いざ思想や哲学の言葉を吐くときは、
命がけでそれに寄りかかれ。
そして、さっと忘れちまえ。


うん、人生はきっとそうだ。



人生がそうだとすれば
けっこうまだステキだと。