Growth or Development

みなさま、日々何かしたいと胸を抱えています。
小布施ッションの妹尾堅一郎さんは、これからの日本は「成長(growth)」すべきか「発展(development)」すべきか、とその冒頭で私たちに問いかけてくれました。


もちろん、よくわからない常識(common sense)にとらわれ、閉塞感にあふれる日本の国全体としては「発展(development)」すべき局面を迎えていることに疑いの余地はありません。高度経済成長を果たした日本国は、“モノ”を、技術を、洗練させてきました。けれども、一瞬のうちに“モノ・ゴト”を発展させた欧米諸国によって一転、不況不況と呼ばれる時代に転落したのでした。
一方で私たち自身は、それぞれがどのような局面を迎えているのでしょう。日本はイノベーション、発展すべき局面を迎えていたとしても?自分は?どうなのだろうと自問、自省する時々です。ひとまず、今できることの積み重ねが重要なことは間違いない。積み重ねられる一枚の中にイノベーションの一枚が含まれているのかもしれません。


ひとまず!写真を世に問うことをはじめたいと思います。
kemplebarのアルバム
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ひとまず!ブログを一つ増やしました。


さて、妹尾さんの「成長」「発展」に戻って考えてみたいことがあります。ぼくはこの質問を受けたとき、パッと「成長」だと思ったのです。それはなぜでしょうか?もちろん、この2つの言葉の定義があいまいだったこともありますが、経済と文明の発展がもたらした正しいとは決して言えないさまざまな出来事が頭に浮かびました。科学、技術、学問は、既存の枠組みにとらわれずおおいに発展すべきでしょうが、果たして私たち人間は精神的、内的な枠組みまでも取り換えてしまっているのではないか。
成長すべきか?発展すべきか?その判断の視点をどこに定め、どう解釈するのか。これも大きな問題のようです。